$ \DeclareMathOperator{\arccosh}{arccosh} \DeclareMathOperator{\arcsinh}{arcsinh} \DeclareMathOperator{\rank}{rank} \DeclareMathOperator{\rot}{rot} \DeclareMathOperator{\grad}{grad} \DeclareMathOperator{\diver}{div} $

懸垂曲線 (catenary; カテナリー)

懸垂曲線 (catenary; カテナリー)
非常に柔らかい、ひものような細長い物体を一様な重力場の中で両端を持って持ち上げると、 U 字型をした形状になります。 この曲線のことを懸垂曲線、または catenary(カテナリー) といいます (上図) 。
この曲線の式を求めたいと思います。

1座標系の取り方について

1.1普通は…

直交座標表示による懸垂曲線
座標は、上の図のように直交座標を用いて $y=f(x)$ とあらわすのが一般的だと思います。
しかし、直交座標であらわすやり方なんて大学受験でも頻出ですし、適当なサイトに行けばいくらでも計算方法は載っています。
そんなやり方じゃつまんないっ!
ので、ここでは一風変わった座標の取り方をして、懸垂曲線の方程式を計算してみます。

1.2ここでは…

で、具体的にどういうふうに座標をとるかというと、
懸垂曲線に対するここでの座標の取り方
こんな感じです。
どういうことかというと、懸垂曲線に沿って座標 $s$ をとります。 つまり $s$ は原点[1]からの、曲線に沿った距離です。 そして曲線の接線と、真横の線とのなす角度を $s$ をパラメータとみなして、 $\theta=\theta(s)$ としています。

[1]図では黒丸であらわしています

2解く

曲線の一部を拡大するとこんな感じ:
懸垂曲線の微小部分
この微小部分に働く力は、図にも示したとおり、重力 $\rho g \Delta s$[1]、両端に働く糸の張力 $\bm{T}(s)$, $\bm{T}(s + \Delta s)$ のみです。 これに注意して力の釣り合いの式を書き下すと、
\begin{equation} T_{\leftrightarrow}(s + \Delta s) - T_{\leftrightarrow}(s) = 0 \end{equation}
(1)
\begin{equation} T_{\updownarrow}(s + \Delta s) - T_{\updownarrow}(s) - \rho g \Delta s = 0 \end{equation}
(2)
となります。 ただし、$T_{\leftrightarrow}$ は張力 $\bm{T}$ の横方向成分、 $T_{\updownarrow}$ は縦方向成分をあらわし、
\begin{equation} \frac{T_{\updownarrow}(s)}{T_{\leftrightarrow}(s)} = \tan(\theta(s)) \end{equation}
(3)
が成り立ちます。
まず (1) 式から張力の横方向成分 $T_{\leftrightarrow}(s)$$s$ に依らない定数であることが分かりますから、 その定数を、 $T :\equiv T_{\leftrightarrow}(s)$ とします。
すると (3) 式の関係から、
\begin{equation} T_{\updownarrow}(s) = T \tan(\theta(s)) \end{equation}
(4)
とわかるので、これを (2) 式に代入することで、
\begin{equation} T \tan(\theta(s + \Delta s)) - T \tan(\theta(s)) = \rho g \Delta s \end{equation}
(5)
を得ます。 この両辺を $\Delta s$ で割ってから $\Delta s \rightarrow 0$ の極限を考えることで、
\begin{equation} T \frac{d}{ds} \tan(\theta(s)) = \rho g \end{equation}
(6)
すなわち、
\begin{equation} \frac{d}{ds} \tan(\theta(s)) = \frac{\rho g}{T} \end{equation}
(7)
を得ます。
さて、この微分方程式ですが、「微分方程式」なんて呼ぶのも他の微分方程式に失礼なくらい簡単に解けて、
\begin{equation} \tan(\theta(s)) = \frac{\rho g}{T} s + C \end{equation}
(8)
です。 ここで $C$ は任意の定数です。 いま、$s$ の原点を懸垂曲線の最下部にとることにすれば、その点では明らかに曲線は真横に出ている、つまり $\theta(s)|_{s=0} = 0$ なので、このときにはこの積分定数は $C = 0$ となります。
従って、この境界条件のもとでは、
\begin{equation} \theta(s) = \arctan\left(\frac{\rho g}{T} s\right) \end{equation}
(9)
となり、かなり簡単な計算で答えを求めることができました!

[1]$\rho$ は線密度をあらわします

3直交座標ではどうなる?

で、答えとしては上ので全く問題はないのですが、$\theta$$s$ の函数であらわす、という見慣れない表示ではどんな形の曲線なのか見当もつかない人がほとんどだと思います。
なので、今度は私たちのよく見慣れた、直交座標系での表示に直してみたいと思います。
方針としては、原点から距離 $s=s_0$ だけ離れた場所の座標 $(x(s_0), y(s_0))$$s_0$ であらわして、その後で $s_0$ を消去することにより $y = f(x)$ という形の、より見慣れた形に直すことにします。
まず明らかに、
\begin{equation} \begin{cases} \displaystyle x(s_0) = \int_0^{s_0} \cos(\theta(s)) ds \\ \displaystyle y(s_0) = \int_0^{s_0} \sin(\theta(s)) ds \end{cases} \end{equation}
(10)
が成り立ちます。
また、 $A := \frac{\rho g}{T}$ として、
\begin{equation} \tan(\theta(s)) = As \end{equation}
(11)
が成り立つというのが上の結果でした。 この両辺を $s$ で微分することで、
\begin{equation} \frac{1}{\cos^2(\theta(s))} \frac{d\theta}{ds} = A \end{equation}
(12)
従って (10) 式の積分は、
\begin{equation} ds = \frac{1}{A} \frac{d\theta}{\cos^2\theta} \end{equation}
(13)
と変数変換できることが分かります。
従ってまず $x$ の方の積分は、 $\theta_0 := \arctan(As_0)$ として、
\begin{align*} x(s_0) & = \int_0^{\theta_0} \cos\theta \frac{1}{A} \frac{d\theta}{\cos^2\theta} \\ & = \frac{1}{A} \int_0^{\theta_0} \frac{d\theta}{\cos\theta} \\ & = \frac{1}{2A} \int_0^{\theta_0} \left( \frac{\cos\theta}{1+\sin\theta} + \frac{\cos\theta}{1-\sin\theta} \right) d\theta \\ & = \frac{1}{2A} \left[ \ln(1+\sin\theta) - \ln(1-\sin\theta) \right]_0^{\theta_0} \\ & = \frac{1}{2A} \left( \ln\left(As_0 + \sqrt{1 + A^2s_0^2}\right) - \ln\left(-As_0 + \sqrt{1 + A^2s_0^2}\right) \right) \end{align*}
(14)
さてここで、
\begin{equation} \arcsinh x = x + \sqrt{1 + x^2} \end{equation}
(15)
であること[1]と、$\arcsinh$ が奇函数[2]であることに注意すれば、
\begin{equation} x(s_0) = \frac{\arcsinh(As_0)}{A} \end{equation}
(16)
と計算できます。
一方、 $y$ の方の積分はもっと簡単で、
\begin{align*} y(s_0) & = \int_0^{\theta_0} \sin\theta \frac{1}{A} \frac{d\theta}{\cos^2\theta} \\ & = \frac{1}{A} \left[ \frac{1}{\cos\theta} \right]_0^{\theta_0} \\ & = \frac{1}{A} \left( \sqrt{1 + A^2s_0^2} - 1 \right) \end{align*}
(17)
と計算できます。
さて、あとは (16) 式と (17) 式を連立させて解くだけです。 これはとても簡単で、まず (16) 式から、
\begin{equation} As_0 = \sinh(Ax) \end{equation}
(18)
なので、これを $y$ の式に代入して、
\begin{align*} y & = \frac{1}{A} \left( \sqrt{1 + \sinh^2(Ax)} - 1 \right) \\ & = \frac{1}{A} \left( \cosh(Ax) - 1 \right) \end{align*}
(19)
となります。
これは (定数倍のズレなどはあるでしょうが) 一般的に懸垂曲線の方程式と呼ばれている方程式です!

[1]$x = \sinh y = (e^y - e^{-y})/2$$y$ について解くことで $\arcsinh x = x + \sqrt{1 + x^2}$ が分かります
[2]$\forall x, f(-x) = -f(x)$ が成り立つ函数のこと

4解の自由度について

求めた解には未知定数 $A$ があったので、解を一意に決めるには物理的な状況を加味してあげなければなりません。
そのために何を指定してあげなければならないかというと、直感では、ひもを垂らすときの持つ手の位置二カ所と、持つひもの長さの計三つ[1]だと考えられます。
本当でしょうか? 検証してみます。
何を検証してあげればいいかというと、ひもを持つ場所とひもの長さを与えれば $A$ の値を決めることができるということです。 ひもを持つ場所というのは、その二カ所の相対的な位置のみが本質的な意味を持つので、その相対的な位置 $\Delta x, \Delta y$ のみを指定します。 またひもの長さを $L$ とします。
とりあえずこれを確認するには座標系をとらないといけないのですが、直交座標系よりも簡単っぽいので今回扱った $(s, \theta)$ 座標系を採用します[2]
ひもを持つ場所を $s_1, s_2$ とします。 ただし $s_1 > s_2$ とします。 すると明らかに以下の式が成り立ちます。
\begin{equation} \begin{cases} s_1 - s_2 = L \\ x(s_1) - x(s_2) = \Delta x \\ y(s_1) - y(s_2) = \Delta y \end{cases} \end{equation}
(20)
(16) 式と (17) 式をそれぞれ二番目の式と三番目の式に適用して以下を得ます:
\begin{equation} \begin{cases} s_1 - s_2 = L \\ \arcsinh(A s_1) - \arcsinh(A s_2) = A \Delta x \\ \sqrt{1 + A^2s_1^2} - \sqrt{1 + A^2s_2^2} = A \Delta y \end{cases} \end{equation}
(21)
この式の中には変数は $s_1, s_2, A, \Delta x, \Delta y, L$ の六つがありますが、$\Delta x, \Delta y, L$ の三つは既知としているので完全に未知な変数は $s_1, s_2, A$ の三つだけで、これらの間の独立な関係式が三つ与えられているので、
\begin{equation} \begin{cases} A = A(\Delta x, \Delta y, L) \\ s_1 = s_1(\Delta x, \Delta y, L) \\ s_2 = s_2(\Delta x, \Delta y, L) \end{cases} \end{equation}
(22)
の形に解くことができます[3]
従って、持つ場所とひもの長さを指定すれば、懸垂曲線の形が決まることが分かりました。 また逆に、これらのうち一つの条件でも抜けていれば懸垂曲線の形は決定できません。

[1]「三つ」は変数が三つという意味ではありません。「左手の位置」「右手の位置」「ひもの長さ」の三つです
[2]なお、直交座標系でやると、ひもの長さの条件式が積分の形になってちょっと分かりにくくなってしまいます
[3]たぶん、初等函数にはならないけど…